「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が。澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色のユニフォーム。っておいおい…。
そんなわけで、今回のお題は『マリア様がみてる』です。
一応説明しておくと、このコーナーは、世にあるアニメ・ゲーム・コミック・小説などを勝手に女子野球作品にしてしまうという、女子野球好きなら誰でもしたことのある(いや、だからしないって普通は)妄想を具現化するコーナーです。
とりあえず基本オーダーはこんな感じ。
右 水野蓉子
中 佐藤聖
投 支倉令
三 小笠原祥子
一 鳥居江利子
遊 藤堂志摩子
捕 島津由乃
左 福沢祐巳
二 二条乃梨子
とりあえず薔薇ファミリーだけでオーダーを組んでみました。瞳子ちゃんや可南子ちゃんや蔦子さんの出番は別の機会(あるのか?)ということで。
蓉子さまは一番センター。相手の弱点を見抜くタイプの1番バッターですな。内野も似合いそうだけど、堅守強肩を生かすため右翼へ。
2番は志摩子さん辺りが適任かとも思いますが、相手の意表をつく攻撃を聖さまに期待。蓉子さまと聖さまの1・2番は相手にとってかなりプレッシャーになるはず。広い守備範囲(?)を生かしてセンターを守ってもらいます。
3番兼エースは令さまに。剣士=強打者は(『一刀斎は背番号6』以来の)お約束なのです。
4番サードはもちろん祥子さまです。ええ、このポジション以外は似合いません。
5番ファーストの江利子さま。打撃も守備もつまらなそうにやっていますが、見送ればボールになる変化球をヒットにしたり、難しいバウンドの送球をあっさり捕球したりしそうです。
6番は志摩子さん、ショートの守備は堅実にして華麗、打撃はミート中心のセンター返しと、基本に忠実なプレイですが、意外性のある長打も。
令さまをリードするのは由乃さんしかいないでしょう。強気の性格、相手を見抜く洞察力もキャッチャー向き。ま、熱くなりすぎる点に難ありではありますが…。
8番レフトは我らがヒロイン祐巳さんです。ライパチくんは免れましたが、近代野球ではライトは重要なポジションだからに過ぎません。がんばれ。
9番セカンドは乃梨子ちゃん。志摩子さんと白薔薇姉妹で鉄壁の二遊間を形成してもらいましょう。打撃は今後の課題ということで。
以下妄想。
試合は終盤、9回表。
令のタイムリー、江利子のホームランなどで3点を奪ったリリアンだったが、8回、疲れの見えた令が1点を奪われ、さらに9回、もう1点奪われ無死満塁。
たまらずタイムを取るキャッチャー由乃、マウンドに集まる内野陣。
「大丈夫、令ちゃん?」
「だい、じょうぶ、まだ行けるよ」
そう答えた令だったが、もう限界なのは明らかだった。
「もう無理よ、令。替わりなさい」
祥子の言葉に令は首を振る。
「替わるったって、私のほかにピッチャーはいないだろ。誰が投げるのよ」
「今の令よりは誰が投げてもマシよ。なんなら私が…」
「せんせー、提案がありまーす!」
祥子の言葉を遮ったのは、外野にいたはずの聖だった。
「おねえさま、いつの間に…」
「細かいことは言いっこナシ。それよりピンチじゃん?
私にいいアイディアがあるんだけどな〜」
聖さまの、いいアイディア…?
一同が微妙な顔を浮かべている中、聖は爆弾を投下する。
「祐巳ちゃんに投げてもらう、ってのは、どう?」
「えーーーっ!!」
みんなが驚きの声を上げ、思わずレフトの祐巳を見る。
レフトで所在無さげに立っていた祐巳が、内野から一斉に視線を浴びてぎょっとした表情を浮かべる。
「無理です、白薔薇さま。祐巳にそんな」
「何言ってんの、令が投げられないんだったら、ずっと打撃投手をやってた祐巳ちゃんしかいないじゃない」
「だからってそんな…、だったら私が投げます」
「祥子、祐巳ちゃんが可愛いのはわかるけど、勝ちたくないの?」
聖の言葉に声を詰まらす祥子。この中で誰より負けず嫌いな祥子の弱点を突いてくる。
「うんうん。確かに祐巳さん、コントロールもいいしね」
「ああ、私も祐巳ちゃんならマウンドを任せられる」
「それに、意外性の祐巳ちゃんだったら勝っても負けてもおもしろいことになりそうよね」
由乃に令、それに江利子まで聖の意見に同調する。
「……わかりました。祐巳に投げさせましょう」
「おっけー。祥子の許可もとれたし…」
おーい祐巳ちゃん! と手を振ってレフトの祐巳を呼ぶ聖。
きょとんとした顔のまま内野に駆け寄った祐巳に、
「はい祐巳ちゃん」
と聖はボールを渡した。
きょとんとした顔のままボールを受け取った祐巳だったが、
「後は任せたよ、祐巳ちゃん」
「しっかりね、祐巳さん」
「後ろはしっかり守るから」
というチームメイトの言葉を聞くにつれて表情を変えていく。
「え、え、え、えぇ〜〜〜〜!!」
パニックに陥る祐巳。
「むむむむ無理です、わわわわたしなんて!
ピッチャーなんてつとまりません!」
「大丈夫だよ、祐巳ちゃんいっつもバッティングピッチャーやってくれてたじゃない」
「でもあれはただの練習で試合とは違います。それに…」
「祐巳」
「え、お、お姉さま」
「あなたしか投げる人はいないの。わかるわね」
「…はい」
「大丈夫、あなたなら出来るわ。それに…、由乃ちゃん、キャッチャー替わってくれる?」
「え、あ、はい」
「お姉さま、それって」
「ええ、そういうこと。あなたがどんなボールを投げても私が止めてあげるわ」
「……わかりました。私、投げます!」
やっぱりとても大丈夫とは思えない。自分が実戦のマウンドに立つことを想像するだけでもくらくらする。
それでも。
お姉さまが自分のためにキャッチャーをしてくれる。やるしかないではないか。
「ボール」
「ボール」
「ボール」
「ボールフォア」
押し出し。3対3の同点。なおもノーアウト満塁。
「祐巳さん、落ち着いて」
そんな志摩子の声も祐巳の耳には届かなかった。
ちゃんと投げないと。
そう思っても気持ちは焦るばかり。
キャッチャーの祥子の表情はマスクでうかがうことはできない。
どうしようどうしよう。
焦ったまま投げた祐巳のボールはストライクゾーンを大きく外れ、ワンバウンドした。
ワイルドピッチで逆転、と思われたボールを、祥子が急造捕手とは思えない動きで止める。かろうじて前にこぼしたボールを素早く掴む。ランナー動けず。
「タイム、お願いします」
祥子が主審に声を掛けて立ち上がる。
お姉さま…。
きっとふがいない私に呆れているに違いない。
そんなことを思いながら祐巳は歩み寄ってくる祥子を見つめていたが、マスクを外した祥子は、
優しく微笑んでいた。
祐巳の前に立った祥子は、自然な動作で祐巳の襟元に手を伸ばし、タイが無いことに気付いて苦笑した。
「お姉さま、私、私……!」
焦って何か言おうとする祐巳の言葉を遮るように祥子は祐巳の肩に手を置く。そして、ゆっくりと空を見上げる。
「綺麗な青空……。マリア様の心ね」
祥子の言葉に祐巳も空を見上げる。
吸い込まれそうな青い空。
本当だ。今日はこんなに空が綺麗だったんだ。
レフトを守っている時も、マウンドの上でも、空を見上げる余裕なんて全然無かった。
「祐巳、令みたいに投げようとか、難しいことを考えなくてもいいの。あなたはあなたらしく、あなたのできることをやればいいのよ」
「お姉さま…」
私にできること……。
お姉さまだけを見つめて、お姉さまのミットめがけて思い切りボールを投げ込むこと。
祐巳の心にもう迷いは無かった。
祐巳の表情を見て、もう一度祥子は微笑む。
「祐巳、もう大丈夫ね」
「はい、お姉さま!」
うなずいてマウンドから降りようとした祥子が振り返る。
「グラウンドには野球の神様がいるって言うけれど……、わたしたちについていて下さるのならきっとマリア様ね」
マリア様が見て下さっている。そして、祐巳の投げるボールを受けてくれるのは大好きなお姉さま。
こんなに素敵なことって、そうそうない。
「プレイ!」
主審の声が上がる。
祐巳はセットポジションから、ボールを思いっきり、祥子のミットめがけて投げ込んだ。
「ストライク!バッターアウト!チェンジ!」
三者連続三振!
マリア様は、やはりいつでもリリアンの乙女たちの味方なのだった。
9回裏。リリアンの攻撃は4番の祥子から。
「ナイスピッチング、祐巳」
「ありがとうございます、お姉さま。でも同点にされちゃいました…。すみません」
「いいのよ、そんなこと。それより、私も祐巳の頑張りに答えないとね」
そう言いながら、バットを握る祥子。
「見ていて、祐巳。決めてくるから」
「はい、お姉さま!」
ネクストバッターズサークルで2,3度素振りをした後、ゆっくりと祥子は打席に向かう。
ベンチで祥子を見つめる祐巳に蓉子が声を掛ける。
「まったく、あなたって子は…。押し出しフォアボールの後に三者連続三振なんて、ほんと、祐巳ちゃんには驚かせられるわね」
「蓉子さま…」
「これなら延長になっても任せて大丈夫ね」
「はい、でも…。きっと延長にはなりません」
「え?」
そう蓉子が怪訝そうな声を出した瞬間。
カキーーン!
鋭い快音が響く。
祥子の打ったボールはアーチを描いてレフトスタンドに飛び込んだ。
サヨナラホームラン!
ゆっくりベースを一周しながら、祥子はベンチの祐巳を見やって小さく微笑んだ。
やっぱり、お姉さまは最高に素敵だ。
改めてそう思う祐巳なのだった。
と、妙に長文になってしまいました。次回からはこんなことはありません。多分。
祐巳は子供の頃から祐麒とキャッチボールをしていたのでピッチングが得意という設定です。
突っ込まれる前に言っときますが、先代薔薇さまと乃梨子ちゃんが一緒にいる謎の時系列のために、乃梨子ちゃんのセリフがなかったり、誰も薔薇さまと呼ばれてません。
ついでに言うと対戦相手がどこのチームなのかも全然考えてません。
この後、リリアン野球部は祐巳をエースとして進んでいくわけですが、エースの座を狙う瞳子ちゃんや祐巳を狙う可南子ちゃんが出てきたり、ライバルである花寺のエースが祐巳の弟・祐麒だったりと次々と波乱が…、なんて言ってるとまた長くなりそうなので止めときます。
しっかし、小説っぽいもの書いたの、7年ぶりだよ。